今日は今までと少し趣向を変えて、私の専門とする歴史分野が、実はほかのさまざまな分野とかかわっているということについて、少しお話ししようと思います。第一回目は「医学」とのかかわりです。
人類史上においては、いくつもの奇想天外な治療法が行われてきました(ただし、それはあくまでも現代の医学的知識からみると、であり、当時はそれが最善策だと信じられていたということは留意していただけたらと思います。もしかすると今当たり前だと考えられている治療法も数十年後、数百年後には理解のできないものだとみなされているかもしれません)。中でもヨーロッパで行われていた「瀉血」は有名です。中世から近世のヨーロッパにおいては、「病気や体調不良は血液から起こる」という考えがあったため、体に切り傷を付けて悪い血液を体外へ出す瀉血は頻繁に行われていました。
しかし、この瀉血は時には人体の半分にも及ぶ血液を体外に出してしまったこともあったため、逆に失血死してしまう患者の続出となってしまいました。アメリカ初代大統領として有名なジョージ・ワシントンも命にかかわる量の血液を瀉血により抜かれてしまったというエピソードがあります。今でこそ、「体内の血液の3分の1(約1.5リットル前後)を失うと命にかかわる」という話を時折耳にしますが、それが当たり前のように信じられている今の医学からしたら到底考えられないような治療法ですよね…。
19世紀になるとヨーロッパを中心に細菌学や衛生学が一気に進歩し、コレラ菌や破傷風菌、狂犬病ウイルスやペスト菌、さらには梅毒トレポネーマといった細菌やウイルスなどが次々と発見され、研究対象となっていきました。前述したもののうち、破傷風菌の純粋培養やペスト菌の発見に貢献し、破傷風の血清療法を確立したのは、あの日本が誇る細菌学者の北里柴三郎さんなんですよね!新千円札の肖像画となる人物なので、この機会きおぼえていただけると幸いです。
※ヨーロッパを中心に発達した理由として、当時世界トップクラスのノウハウを持っていたことに加え、当時のヨーロッパは下水などが発達しておらず、極めて衛生状態が悪い中で市民が暮らしていたため、健康や公衆衛生に関心があったという説が考えられています。
一方で、この時期は次々と研究対象として浮上する伝染病や感染症への関心が強すぎて、栄養状態のアンバランスによる疾病までも伝染病と考えられていたことがありました。代表的なものが「脚気」です。脚気はビタミンB1不足により心臓や神経が侵され、むくみや足のしびれが起こる病気ですが、明治・大正時代には伝染病の一つだと考えれていたため、ビタミンB1を多く含む玄米や胚芽米を陸軍の食事に採用せず、白米を規則とする日本食を採用したため、脚気患者が全く減らなかったという歴史があります。
農学者で理化学研究所の設立者でもある鈴木梅太郎さんは脚気の研究のさなか、米ぬかや玄米などが脚気の治療に効果を発揮することを発見し、「オリザニン」というビタミンB1剤を発表し、脚気の予防薬として使用されました。当時はあまり受け入れられなかった彼の理論ですが、約100年余りたった今日では定説として用いられています。
いかがでしたでしょうか。もちろん今回取り上げたもの以外にも、医学史、薬学史に関するエピソードは数えきれないほどあります。また次回以降、さまざまな分野を取り上げていきますので、一見すると社会科の一分野に過ぎない歴史が、確かに他の分野と関連があるのだということを知ってもらえれば私としては幸いです。
Y. Sato