この時期になると、頻繁にこの言葉を口にします。そういえば去年も秋くらいにこの言葉に関する日記を書いたような気がしますが気のせいでしょうか…。
それはいいとして、「マキァヴェリアン」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
ルネサンス期のイタリアの人文主義者ニッコロ=マキァヴェリ(1469-1527)が代表作の『君主論』の中で主張した内容から派生した言葉で、「目的のためなら手段を択ばない人」という意味になります。
言葉の意味だけ見ると、あまりいいイメージはないかもしれませんが、これは言い換えれば、「ありとあらゆる方法を使って自分を高めることができる人」という風に解釈することもできます。
例えば模試の解き直しをやるにしても、「正しい選択肢はどれか」「間違った選択肢が、なぜ間違いなのか」を確認する作業は、おそらく多くの人がやるのではないかと思います。でもよく考えてみてください。模試を受けた人はわかると思いますが、模試の解説項目ってとても詳しく書いてありますし、それに派生したテーマのちょっとしたコラム的解説も数多く載っておりますが、そのようなものに目を向けたことはあるでしょうか。
貪欲な人は、そのような解説にも目を向け、自分に得な情報・知識はないかを探っております。形にこだわることは決して悪いことではないですが、そういったことにこだわらない、いわば「泥臭さ」というのは、知識を見落とす余地をなくし、完全体に近づけてくれる可能性があるといえるでしょう。
「相手を出し抜く」というと聞こえが悪いかもしれませんが、残酷なことを申し上げると、受験戦争というのはまさに「優勝劣敗」の戦いです。この時期になると、もう形振り構ってられません。空いている先生を捕まえて抜け目なく質問をする、解説を隅から隅まで読んでどんどん知識を吸収するなど、どのような方法を用いてでも、1点でも高い点を取るために努力をした人が、最終的に勝利することができる世界です。そうかんがえると、マキャヴェリアン的考えを持つって有利そうじゃないですか?
かといって、不正は厳禁であることは留意を…。
Y. Sato