塾式COSMO

と言うわけで前回の続きです。漢検本試験を監督していて思ったこと感じたことですね。

 

うあー、テストって、ほんっとうにいいものだなあ、

某映画監督の言葉を借りるまでもなくそう思ったのですよ。

 

なんだ、勉強はそれ単体で完結するわけがないのだ、と、円環はここで閉じるのか、と言うことであります。

テストは何のために受けるのだろうか、誰のために受けるのだろうか、擦り切れかけた疑問です。なんども繰り返されたであろう問です。

先生のためか・プライドのためか・親のためか・世間体か・その質問と回答でもってしてテストを、自分のなかでは完結しないものであるから気に食わない・と考えていた、青い私でした。

しかしそうではないだろう、と、思えたのです。

真剣に受けていました、皆さんの日曜日の顔を見ていると、上記のような問題は確かにどこかにはあって、回答も存在しているだろうがそんなもの、ひどく些細なことであるのだろう、と思えたのです。

テストは結果が出ます。数字で出ます。わかりやすい・くらべ易い・くらべられ易いのでしょう、しかし、それは結果でしかないのだと言うことです。

真剣に何かに向き合うことを、自然とさせてくれるなら、それはそれもテストだろう、と言うことです。

結果より過程が大事、などということではなく、もっと根本的な、超越的な、何かを真剣に行う行為と対象が、テストと同時に自然に用意されているのであれば、勉強、という自分との究極の戦いは、そこで終わるべきだろうと考えたのです。

 

なんだか訳のわからんことをつらつらと書きましたが、言いたいことはひとつだけ!皆さん本当にお疲れ様でした!輝ける思考する顔はほんとうにうつくしかったです!

てすとってすばらしい!

てすと・テストです。

決して避けては通れぬ道・ならば若かりし頃の私のようにいやいやではなく、少し気がついてみませんか。テストっていいものだな!

今、こんなにも勿体のない気分になりながら、思うのですよ。