白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける(文屋朝康)
昨日、通勤途中に吹いた風で、葉の上の露(雨の滴?)が飛んでいく瞬間を見て、この歌を思い出しました。この歌に同じく、その瞬間の露はまさしく真珠が散りばめられるがごとき光景でした。百人一首ではしばしば、秋はもの悲しい季節として描かれますが、何気ない瞬間を切り取った光景がこんなに印象深く感じる季節というのもまた事実だと思います。季節特有の美しさもまたいいですね!
最近、私は百人一首に興味を持っているわけですが、昔の歌を自分なりに解釈するたびに、彼らは本当に類まれな感性や観察眼を持っているのだと感じられます。春ののどかな雰囲気の中で散る桜をせわしないと表現した紀友則、夏の夜の短さを月が雲に宿をとると表現した清原深養父など、普段の生活をしていたらまず注目することはないであろう瞬間を非凡に表現する力には本当に驚かされます…。
現代社会は何かと時間に追われ、落ち着く暇や余裕がなくなっている人が昔に比べて多いように感じます。生徒の皆さんも日々勉強に追われている人が多いかと思いますが、平安歌人らに倣ってではないですが、この文章を読んで、少しでも日常の瞬間を楽しむことができると幸いです。
Y. Sato