塾式COSMO

「しかんたざ」と読みます。

 

元々は禅宗の一派である曹洞宗における有名な格言で「ただひたすらに座禅に打ち込むこと」を意味します。

現代ではそれが転じて、ただ一筋にあるものごとに打ち込むことを意味して使われることもあります。

 

只管は「ひたすら」、打坐は「座禅すること」をそれぞれ表します(くわえて、只管は熟字訓として「ひたすら」と読みます)。

 

曹洞宗の開祖として有名な道元は、座禅こそが悟りを開いた仏の姿であり、身心脱落(すなわち解脱)であると説き、只管打坐の重要性を強調しました。

 

当然ながらこれは修行の一つでもあるため、実行することは容易ではなく、強い精神力が必要となるでしょう。

しかしながら、邪念を捨てて一つの物事を続けていると、不思議と高い集中力を維持することができることもまた事実です。

 

とりわけ受験生の皆さん。来る本格的な受験勉強に向けて、色々と思うところはあるかと思います。

ですが私が何度も講師日記に記してきたように、一つのものごとに心から打ち込むことのできる時期というのは人生にそう何度もあるわけではありません。

受験勉強はある意味では修行のように思えたりしますが、大きな目標の達成のためにはこのような試練の一度や二度はつきものでもあります。

 

古き良き日本の仏教精神にのっとり、我を忘れて目標のために打ち込んでみてください。実際やってみると、意外と集中できるものですよ!