先日、電車に乗っていたときのこと、ステキな光景を目にしました。
電車が駅に着き、ドアが開いたと同時に一目散に電車に乗ってきた小さな女の子。
まあ・・・一瞬お行儀が悪い子かと思ったのですが、そうではありませんでした。そのあとから乗ってきたおじいちゃんに、女の子は優しく手を引いて席をゆずっていたのです。
最近は、子どもを座らせている大人をよく見かけますが、逆のような気がします。確かに子どもを座らせている方が、静かになっていいのかもしれませんが、子どもの方が体力もあるし、本来は我慢強いものです。
女の子はおじいちゃんのそばを離れず、おじいちゃんが喜ぶ顔を見て嬉しそうでした。それからも、目的地に着くまで、女の子はおじいちゃんに話しかけ、おじいちゃんもそれに対して目を細めて嬉しいそうでした。そんな光景を目にし、私はとても胸が熱くなりました。
思いやり・・・。これは周りの人を幸せにしてくれるものですね。
尼僧で作家の瀬戸内寂聴(せとうち じゃくちょう)さんは「愛とは思いやり、思いやりは想像力から」と言っています。
想像力は思いやりを生みます。思いやりは優しさです。つまり、「想像力」は、優しさの原点なのです。だから非常に大事なものです。
「ちょっと殺してみたかったから」といって、殺人を犯した少年がニュースになったことがありましたね。殺してみなければ、結果がわからない。これは想像力の欠如です。
逆に、想像力があれば、今あの人が不機嫌で青い顔をしているのはどうしてかしら、お腹がすいているのかしら、お腹が痛いのかしらと思います。そうすると、「お腹が痛いの?だいじょうぶ?」という言葉が出てきますよね。これが思いやり、優しさなのです。想像力がなければ、相手への思いやりは生まれません。
私たちの授業では、「周りへの思いやり」を常に意識させる努力をしています。
もし、隣の友だちがもう少しで問題が解けそうだ・・・というときに話しかけてみたらどうなりますか?友だちが話しかけることで、集中力がきれ、わからなくなってしまうかもしれません。自分が、話しかけないで欲しい時、無遠慮で邪魔されたら腹が立ちますよね。
友だちを思うからこそ、身勝手な振る舞いは慎む。それが思いやりを生むのではないでしょうか。問題を解いている時は、話しかけない・・・。話しかけていいときをしっかり見極める・・・。これには想像力が試されます。
瀬戸内寂聴さんは、このようにも言っています。「想像力は絶えず鍛えていないと衰えるもの」。ふだんから意識させることにより養われる想像力は、家族を思い、友だちを思い、また自然をも大切にする心を育てるものだと思います。
引用・・・「寂聴 あおぞら説法2」より