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日本史の人物の「の」・・・関戸
投稿日時: 2018-11-30 00:07:51(15 ヒット)
こんにちは。
もうすぐ12月がやってきます。
冬の空気は冷たいですが、夏に比べてとてもすっきりしていて深呼吸をするのが気持ち良いですね。

ある生徒からこんな質問をされました。
「藤原道長はなんでふじわらのみちながなの?の、いらなくない?」

たしかに。同じ疑問を持つ人もいるのではないでしょうか。他にも中臣鎌足も源頼朝も、「の」が入りますよね。

実はこれ、しっかりとした理由があります。
昔に遡った話をすると、日本史における初期に登場する「蘇我」や「中臣」といった名字のようなものは、祖先を同じ集団とする「氏名」(うじめい)と呼ばれます。
奈良時代、平安時代になると、手柄を立てた人物に対して天皇によって「氏名」がつけられるようになります。これが「源」「平」「藤原」にあたります。

ここまでの「氏名」には「の」がつくのですが、じゃあ「足利」や「徳川」はなんで「の」がつかないの?となりますよね。

室町、江戸時代に入ると「あまりに氏名が同じ人が多い!」ということになります。
これを機に、京都などでは、住んでいる場所などにより「苗字」を決めて、呼び合うようになりました。これにより、「の」のつかない様々な苗字が生まれたわけです。

大雑把に説明しましたが、つまり歴史上の人物には「苗字」でなく「氏名」を持つ人もいて、その場合には「の」が付いているという具合になります。
長々と話してしまいました。もう少し詳しく聞きたい方はぜひ本人を尋ねてみてくださいね。

いや〜歴史ってなかなか面白いですよね。こういうのを機に社会を楽しいと思ってくれる人が増えると嬉しい限りです。

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